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Q370★硫酸イオンの場合、安定的な結晶構造をとっているので、水溶液中ではプカプカとSO42-のままでいるわけですが、例外的にBa、Ca、Pbの場合は沈殿します。2価と2価とが2本の綱で引っ張り合っているから結合力がUPしているとも言えますが、実際はBa、Ca、Pbに限定されています。やはり結晶構造がカギになるのかな、イオンの価数はカギにはならないのか...と思うとしょんぼりしてしまいます。
また、一価の陽イオンであっても、Ag+を例に、銀はイオンになりたがらない=自由電子を放出したがらない=電子へのこだわりが強いから電気陰性度が高い=イオン化傾向が低い=電子を欲する力が大、と考え、例外的にAg2CO3ができると聞くと、ますます価数の存在意義が薄らぎます。
Q364の回答の「炭酸塩の場合には陽イオンの価数が二価以上の状態では、多少のイオン半径比の違いが影響しないほど、強固なイオン結晶が生じる条件に既になっている、というのが実態であると考えられます。」とNH4+に関する質問についても、もう少し詳しく教えてください。

中高生の質問のページQ358(以下Q358と省略)と中高生の質問のページQ364(以下Q364と省略)に関連するご質問ですね。
Q364の回答があまり効果的ではなかったかもしれない、と反省しています。
今回のご質問の文章の中に、
「硫酸イオンの場合、安定的な結晶構造をとっているので、水溶液中ではプカプカとSO42-のままでいるわけですが、例外的にBa、Ca、Pbの場合は沈殿します。2価と2価とが2本の綱で引っ張り合っているから結合力がUPしているとも言えますが、実際はBa、Ca、Pbに限定されています。結晶構造がカギになり、イオンの価数はカギにはならないのかな...と思うとしょんぼりしてしまいます...」
とありますが、塩(えん)から水溶液中に溶出した陽イオンも陰イオンも各々単独に裸で浮遊しているのではなく、溶媒である水分子がイオンを取り囲むようにくっ付きます(教科書にも水和というキーワードで登場しているはずです)。
この水和にも着目すれば、塩の水への溶解という現象が、イオン結晶内における陽イオンと陰イオンの結合(結晶を作ろう、沈殿を生じさせようとする作用)と、水分子が各イオン表面に水和して結晶から引き剥がし、水和イオンとして水溶媒中に取り込もうとする作用、との競合に他ならないことがイメージできると思います。これは、各塩の陽イオンと陰イオンの組み合わせによって結果的に水への溶解度が決まるもので、何か特定のイオンの塩だけが全く溶けなくなる、という話ではありません。
また、上記ご質問の文章で、硫酸イオンが水溶液中でも元の結晶内と同じSO42-という四面体型の陰イオンの形状を保持していることを、「安定的な結晶構造をとっているので」と表現されているのはやや違和感があります。確かにSO42-も固体中では結晶構造の一部ですがイオン1個を指して結晶構造と呼ぶよりは、「安定な多原子陰イオンで」に入れ替えると素直に意味が伝わります。更に補足すると、二価の陽・陰イオン同士であっても、三次元の結晶内では結合の腕を2本ずつ出してペアを形成し引っ張り合うわけではなく、各イオンの最近接にある反対電荷のイオンの数(配位数)は6以上など意外と大きなものになります(固体内全体として電気的中性を保つ都合上そんな感じになります)。この配位数が大きいほどイオン結合力を強くするためには有利になりますが、Q358への回答に登場したイオンの半径比が大きくなると陽・陰イオンのサイズのバランスが良くなり配位数が大きくなる傾向があるのです。
ご質問にある「やはり結晶構造がカギになるのかな」は鋭いご指摘で、溶ける前の結晶内でのイオン結合の強さを検討する上で、結晶構造(イオン間距離や配位数など)が重要なことは確かです。しかし、ここで見ようとしている比較的単純な形の陽・陰イオンから構成される塩について、結晶内のイオン間結合力の大小の傾向を比べる場合は、各イオンの価数とサイズを目安に検討すればよく、個別の具体的な結晶構造の情報が無くとも済んでしまうことが多いことも事実です。
以上を踏まえて、ご質問の最初の段落の文章を書き換えるなら、
「硫酸塩(A2SO4やMSO4)を構成する硫酸陰イオンは安定な多原子陰イオンで、SO42-の周囲に水分子が水和して水溶液中に溶け出すことができます(当然、条件が許せば陽イオンにも水分子が水和して同時に溶け出します)。しかし、陽イオンがBa、Ca、Pbなどの(二価で硫酸陰イオンとのイオンの半径比が比較的大きい)場合は結晶内でのイオン同士の結合力が、各イオンが水に溶け水和によって得られる安定化よりも強いため、ほとんど溶け出すことができず、結果として沈殿を生じます。この水への溶け易さの度合いと傾向は、硫酸塩を構成する陽イオンの価数とイオン半径の違いがイオン結晶内の結合力に及ぼす影響を勘案して概ね理解することができます。もちろん結晶構造の情報があれば、より詳細な比較検討ができる場合もあります。」
と言えるのではないかと思います。

それから、一部重複しますが、
「イオンの価数はカギにはならないのかな...と思うとしょんぼりしてしまいます...」とか「ますます価数の存在意義が薄らぎます」と悩まれている件ですが、
塩(えん)の水への溶解性を比較する上では、やはり「イオンの価数」が重要であることは間違いありません。
今回の回答の初めの方の説明で、イオン結合の強さと、各構成イオンの水和による安定化の競合の話を書きましたが、塩の水への溶解性をより定量的に議論するためには、(A)溶解熱の出入り(塩を水に溶かすと発熱するか吸熱するか)と、(B)溶解に伴うエントロピー変化(塩を水に溶かすと系全体の乱雑さが増大するか減少するか)を評価し、(A)と(B)を合わせた系全体のエネルギーの変動具合(どの程度減少(安定化)あるいは増加(不安定化)するのか)を検討する必要があります(熱化学とか化学熱力学の範疇になると思います)。(A)は塩がそれを構成する陽イオンと陰イオンにバラバラに分解されるために必要なエネルギー(格子エネルギー)、水分子間の水素結合を一部切るために必要なエネルギー、陽イオン・陰イオンと水分子が水和して安定化するエネルギーなどの総和で決まりますが、中でも格子エネルギーの影響が最も大きく、格子エネルギーの大きさは電荷を持つイオン間に働くクーロン力(引力も斥力も)の総和で決まります。実際には結晶構造(イオン間距離とイオンペア数)を反映した複雑な計算になりますが、一番大きく寄与するのは最近接イオン間のクーロン引力でそれに起因する安定化エネルギーは(X )(Y )/rに比例します(X、Yはそれぞれ陽イオン、陰イオンの価数、rはイオンの重心間距離)。このため、陰イオンを揃えた条件では、二価陽イオンの塩は一価陽イオンの塩と比べてイオン間の結合が格段に強く、結果として溶けにくくなります。(A)ばかりでなく(B)の効果も加わるため、同じ陰イオンで陽イオンだけを変えた場合などに溶解度に対して逆向きの作用を及ぼし、ほとんど同じ溶解度に落ち着く例もあります(例えばMgCO3、CaCO3、BaCO3はどれも難溶性ですが、Ca塩とBa塩で陽イオンの差の影響が溶解度の違いとしてはあまり現れない等)。
つまり、イオン結合性の塩の水溶性を考える上で、イオンの価数は重要なカギとなっており、更にQ358への回答にあるようにイオンの半径比も効いてきます(陽イオンと陰イオンの半径が近いほど配位数を大きく取れる傾向がありイオン結晶の安定性が増し、水に溶けにくい)。

Q364への回答で陽イオンが一価なのに難溶性な炭酸塩の例としてAg2CO3とTl2CO3を挙げましたが、かえって混乱させてしまったかもしれません。これらの塩ではイオン結合性が低下している説明(水と馴染みにくい)をしましたが、加えて言えば結晶構造にも特徴があります。結晶中に銀同士あるいはタリウム同士の間にも短い原子間距離が存在して結晶を安定化させており、通常のイオン結合性の塩とは事情が異なっています。これら以外の一価陽イオン(アルカリ金属イオンやNH4+イオン)との炭酸塩は、二価陽イオンの塩に比べて水に易溶です。
NH4+イオンはサイズ的にK+イオンに近いものとして扱われることが多く、炭酸塩の水に対する溶解性という観点では他のアルカリ金属イオンと同列に例示されているに過ぎないと考えてよいでしょう。NH4+イオンは四面体型であるため、配位(水和を含む)の数や方向性が一般の球形陽イオンの場合と多少違うことがあるとか、水素結合の効果が出たりすることもありますが、同じ炭酸陰イオンとの塩の水溶性においてはアルカリ金属イオンと大差ありません。

同じくQ364への回答に書いた「炭酸塩の場合には陽イオンの価数が二価以上の状態では、多少のイオン半径比の違いが影響しないほど、強固なイオン結晶が生じる条件に既になっている、というのが実態であると考えられます。」の意味ですが、Q358への回答にも書かれている溶解度に対する「イオンの半径比」の効果の説明と「炭酸イオンと硫酸イオンの半径はそれぞれ0.19 nmと0.23 nmです」という情報を合わせて考えてみてください。ほとんどの場合は陽イオンが陰イオンより小さい状況にあり、炭酸イオンの塩の方が硫酸イオンの塩に比べてイオンの半径比は大きくなり、溶けにくくなります。しかも陽イオンが二価であれば水溶には一層不利であることがわかります。
イオン半径で示されている炭酸イオンと硫酸イオンのサイズの違いは小さく見えるかもしれませんが、上記のイオン半径はイオンが自由回転をしている場合の球体の半径を表しています。硫酸イオンは四面体型で、溶液中でも結晶中でもほぼ丸っこい形と認識できますが、炭酸イオンの原子配置は平面三角形ですから、結晶中においては距離感に異方性が生じます(上記のイオン半径よりも実際には近づける場所もある)。このため、イオンの半径比(配位数に影響)やクーロン引力による安定化(イオン間距離に関係)の効果において、炭酸イオン塩は硫酸イオン塩よりも、平均して大きな安定化を獲得している(イオン半径値の違い以上に)と考えられます。

以上、後出し情報(Ag2CO3とTl2CO3には銀同士やタリウム同士の結合があるとか、炭酸イオンの半径は自由回転時のものなど)もありましたが、塩の水溶性の傾向の違いを、「イオンの価数」と「イオンの半径比」を手がかりに理解できるという基本的な考え方はQ358への回答の通りです。説明に重複があり冗長になりましたが、お役に立てば幸いです。

(AO & NN & MI) 2018/06/20