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Q389★イオンについての質問です。マンガの中で「銅イオンが周りに漏れたから植物が生えなかった。」と言っていました。まず、銅イオンとは何ですか。どうして植物(生物)に有害なのですか。


小説、マンガ、アニメ、映画などの作品には、科学の知識を基にしたストーリーが組み込まれることがあり、科学が作品の魅力を高める大きな役割を担っています。一方で、このような作品はあくまでフィクションですので、そのなかで登場する科学も、作品の世界に合わせて、現実の科学とは異なる解釈がされていることがよくあります。ですので、作品を楽しむこととは別に、このような作品に触れて、疑問に感じたり、興味を持ったりしたことについて、教科書などで調べて、正しい知識を得ようとする姿勢は素晴らしいことだと思います。

さて、一つ目の質問である、銅イオンとは何かということについて、化学の発展を振り返りながら、少し遠回りして考えてみましょう。私たちのまわりには、いろいろな「もの」があります。ノートの紙、衣服の布、朝食のパン、水道水、空気など、実際に存在して触れることができる「もの」を化学の言葉で物質といいます。物質が何からできているのかという疑問は、古代の哲学者たちを悩ませました。例えば、紀元前4世紀のアリストテレスは、すべての物質は、火・土・水・空気の4つの組み合わせで説明できると考えていました。現代の私たちはこれが誤りであることを知っていますが、それを明確に批判したのは17世紀の自然哲学者ロバート・ボイルで、アリストテレスの時代から、実に2000年近く後のことでした。ボイルは、物質を構成する、純粋で根源的な成分が存在し、その成分の集まり方の違いによってすべての物質ができると考えました。では、この根源的な成分とは何か。19世紀の初頭、ジョン・ドルトンは、すべての物質は、それ以上分割することができない「原子」から成り立っているという原子説を発表しました。つまり、原子という究極のブロックがあり、このブロックの種類や組み立て方の違いが物質の違いであるということです。ドルトンの原子説は、現代の私たちの物質に対する理解の基礎をなすものですが、原子は「それ以上分割することができない」という点については修正する必要があります。1897年にJ.J.トムソンは、原子の中にはマイナスの電気をもつ原子の「断片」が存在し、その断片は原子の種類によらず、みな同じものであることを発見します。この断片は、今日では電子と呼ばれている、原子を構成する要素のひとつです。さらに原子には、電子よりも遥かに重く、プラスの電気をもつ原子核が含まれることが、ラザフォードらによる研究グループにより発見されます。さらに原子核にも構造があり...と話は続くのですが、ここでは、物質をどんどんと分割していくと、原子という粒子になり、原子は原子核と電子から構成されているという理解にとどめておきましょう。原子に含まれる原子核はひとつですが、電子の数はひとつとは限らず、原子は、その種類に応じて複数の電子を持つことができます。しかし、通常の状態では、電子が持つマイナスの電気と、原子核が持つプラスの電気は釣り合って、打ち消しあっています。「通常の状態」と書いたのは、原子はよそから電子を受け取って、全体でマイナスの電気を持つ状態になったり、反対に、よそに電子を渡すことで、全体でプラスの電気を持つ状態になったりすることができるためです。このような、電子を余計に持つことでマイナスになったり、電子を失うことでプラスになったりした原子がイオンです。もう少し正確に言うと、イオンは原子だけではなく、複数の原子の集まりからも生じます(多原子イオンとか分子イオンという言い方をします)。銅は金属の一種で、銅を構成する原子は電子を放しやすいという性質を持っています。従って、ご質問の「銅イオンとはなんですか」に対する答えは、銅イオンとは、金属の銅を構成する原子が電子を失って、プラスの電気を帯びた原子、となります。金属は、そのままの状態では水に溶けにくいのですが、金属の原子がイオンになると、水に溶けやすくなるという特徴があります。そして、この性質が二つ目の質問への回答に関係してきます。

銅イオンはなぜ植物(生物)にとって有害なのかというのが二つ目の質問でした。話の腰を折るようですが、本当に銅イオンは有害なのでしょうか。実は、銅は多くの生物にとって必要な「栄養素」のひとつです。例えば、私たちの体の中には、銅イオンを含むタンパク質があり、体内でエネルギーを生み出す作用に関わるなど、生命の維持に欠かせない機能を持っています。と言っても、私たちが体内で必要とする銅の量はとても少ないため、特に意識しなくても、食品から必要な銅を補うことができます。植物にとっても銅は大切で、銅が欠乏すると葉がしおれたり、枝が枯れたりといった病気になるようです。一方で、銅に限ったことではないのですが、必要な栄養素であっても、過剰に摂取することで有害な作用を示すことはよくあります。例えば、食事を通して私たちは毎日食塩を摂取しますが、過剰な食塩の摂取は命にかかわります。植物も同じで、海水で野菜を育てることはできませんよね。しかし、だからと言って、私たちは食塩が有害であるという言い方を普通はしません。つまり、ある物質が有害であるかどうかということを判断するには、どの程度の量を、どのような形で摂取しているのかということまで考えないといけないのです。従って、「銅イオンは有害である」という言い方は正確さに欠けます。しかしながら、上で書いたように、私たちも植物も、必要とする銅の量は極わずかです。そのため、他の栄養素と比べて、少しの環境の変化が、過剰量の摂取を引き起こしやすいこともまた事実でしょう。通常必要な量は食品や、植物であれば土壌からまかなえますので、そこに追加の銅が加わると過剰摂取となって有害な作用を示すことは十分に考えられます。一つ目の質問でお答えしたように、金属の銅は水に溶けにくいため、銅の板を土に埋めたとしても、それが溶けだして植物に吸収されることはほとんどないため、有害な作用を示すということは考えにくいです。一方、何らかの原因で銅が銅イオンになっているのであれば、水に溶けやすくなりますので、根から吸収されて、過剰摂取となった結果、植物が病気になったり枯れてしまったりということは十分に考えられます。銅に限らず、過剰な金属イオンの摂取がなぜ有害な作用を示すのかは、いくつかの理由があると思いますが、生体内のイオンバランスが崩れて細胞が破壊されたり、あるいは、生体内の本来必要な金属イオンが、過剰な別の金属イオンによって置き換わってしまった結果、生体機能が損なわれたりといったことがあるかと思われます。


中1 (ES & SK) 2021/02/06